
この本には、表題作である「遠い唇」から始まり、「しりとり」「パトラッシュ」「解釈」「続・二銭銅貨」「ゴースト」「ビスケット」の7作が収録されています。久々の北村作品だったせいか、年末の忙しい時期にほっこりできる内容で、とても心が落ち着きました。
「遠い唇」は、主人公が学生時代を回想しつつ、そこで渡された暗号を解読するお話です。ほろ苦いコーヒーを飲んだ後のような余韻のあるお話でした。
続く「しりとり」も、亡くなったご主人からの暗号とも思える俳句を解読するお話です。初々しい青春時代の恋と、そこから歳月を重ねた夫婦の味わいが感じられるお話でした。
「パトラッシュ」は、まずそのタイトルに驚かされました。主人公の女性が、恋人のことを「フランダースの犬」のパトラッシュのようだと思ったところからきています。これも推理作品かなと思ったら、これはちょっと軽めのラブストーリーでした。
そして驚いたのが、「解釈」です。物語の始まりはいつもの北村作品風なのですが、途中から地球外生命体が登場して本から地球の文化を知ろうとするSF作品でした。作品の雰囲気は、星新一さんのショートショートや藤子・F・不二雄さんのSF短編を思わせるものがありました。
「続・二銭銅貨」は、江戸川乱歩の名作「二銭銅貨」に元ネタを提供した者がいたというお話でした。お話はなかなか面白かったですが、私自身が江戸川乱歩の作品にあまり詳しくないので、物語の一番面白いところを見逃しているような気がします。
「ゴースト」は、「あとがき」によれば「八月の六日間」に登場した女性編集者の心を描いた習作だそうです。「八月の六日間」は山登り小説でしたが、この短編では主人公がひたすら仕事に追われているのが、現実の忙しさと結びついてしまい、今ひとつ楽しめませんでした。(^^;
最後は「ビスケット」です。なんと「冬のオペラ」で登場した"名探偵"巫弓彦が、18年ぶりに活躍するお話でした。
「冬のオペラ」は、はるか昔に一度読んだだけの作品なので、細かな内容は完全に忘れていましたが、人知を超越した謎を解き明かす"名探偵"という設定だけは覚えていました。
この作品では、かっては不動産会社の事務員だった事件の記録者・姫宮あゆみが、作家として活躍するようになっていました。そんなあゆみが、とある大学で行われるトークショーに出演することになりました。そこであゆみは、再び殺人事件の現場に立ち会うことになってしまうのでした。
「冬のオペラ」に収録された作品が書かれたのが、1992年。それから大きく世界が変わり、今ではネット検索でどんなことも手軽に調べられる時代になりました。そんな時代には、超人的な発想の飛躍で事件を解決する"名探偵"の出番は、失われてしまいます。便利な時代になった反面、失われてしまったものの寂しさを感じました。
最終更新日 : 2022-10-30
著者:北村薫 7編の作品を収録した短編集。 ものすごく個人的な偏見に過ぎないのだけど、著者というのは「真面目」という印象がある。まぁ、それが一種の「固さ」的な印象になり、全作品にまで手が伸びていないのが実情。そのため、本作に収録された『ビスケット』辺りは前提となる作品を読んでおらず、他の読者のように「あの作品の……」という感想を抱けなかったのが残念。 そんな、ある意味、中途... …
2017/01/19 03:51 新・たこの感想文