
著者の歴史小説は、「光秀の定理」に続いての2作目です。「光秀の定理」は面白いんだけれど、垣根作品としてはもう1つといった感じでした。
しかし、この作品は文句なしで楽しめる作品でした!
物語の舞台は、室町時代の末期。才蔵の父は、主を失い牢人となった元侍です。際だった才もなく、頼りとなる縁者もないため、とある村の雑役をして命をつないでいます。父はその血筋を誇りにしていますが、村人からは蔑まれる存在でした。そして、その息子の才蔵も厄介者として蔑まれています。
幼い頃から、生きるために働いてきた才蔵は、どうしたらこの境遇から逃れることができるかを考え続けています。そんな中、商いの必要性から六尺棒の扱いに長けた才蔵は、17歳の時にとある土倉の用心棒として雇われることになりました。
ある時、才蔵が守る倉を賊が襲ってきました。才蔵は果敢に戦いますが、賊の頭である骨皮道賢に敗れました。しかし、手下を殺されたのに、なぜか道賢は才蔵を助けたのでした。
道賢の本来の仕事は、都の治安を守る目付です。しかし、その仕事だけでは多くの手下を食べさせていくことができぬため、時折は盗賊のような真似もしていたのでした。才蔵の六尺棒の腕を見込んだ道賢は、道賢の知り合いの蓮田兵衛という男に預けられることになりました。この兵衛もまた、道賢に劣らぬ剣の使い手でした。
兵衛は不思議な男でした。高利に苦しむ村人のために無償で利率の値引きを請け負ったり、自分の家を開放して各地を旅する牢人や商人、人足に食べ物や泊まる場所を与えています。そして銭に対する執着も全くなく、必要な時に必要なところに銭があればいいと考えていたのでした。
そんな兵衛の計らいで、才蔵は師匠をつけて本格的に六尺棒を学ぶことになりました。その代わり、その修行が終わった後は、才蔵は兵衛の仕事に手を貸すことになりました。短期間で実力をつけるために、才蔵は唐崎に住む老人から命がけの特訓を受けることになりました。その過程で才蔵の体は傷だらけになりましたが、それを切り抜けたことで才蔵の腕前は格段に向上していたのでした。
兵衛の目的、それは崩壊寸前の幕府に対する反抗でした。そのために兵衛は、各地の情報を集め、人脈を広げて、土一揆の準備を進めてきたのでした。才蔵の役目は、その土一揆で先陣となって戦うことでした。才蔵たちが先陣を切ることで、一揆に勢いをつけるようとしていたのです。
兵衛と道賢は親しい間柄でしたが、今回ばかりは互いに敵として戦うことになります。戦いは兵衛の巧みな戦略もあって、一揆側の優勢に始まりました。しかし戦いが長期化するにつれ、戦いから抜ける者もではじめました。しかし兵衛は、それを止めないばかりか、戦力が少なくなっても最期の最期まで戦い抜くつもりでいました。
兵衛の究極的な目的は、土一揆の首謀者として首をさらされることでした。兵衛は最初から、今回の戦いで勝てないことは承知していました。しかし、自分が討たれて首をさらすことで、後に続く者が現れることを期待していたのでした。
物語の前半は、才蔵の成長が魅力的でした。後半は迫力のある土一揆の描写と、兵衛と道賢の生き様に心惹かれるものがありました。
その他にも、道賢と兵衛の2人と関係を結んだ遊女・芳王子の苦界に堕ちながらも失われない毅然さ、才蔵たちの敵であるはずなのに、なぜか憎めない叡山の僧兵頭・暁信。と、魅力的な登場人物がそろっています。
物語の舞台は室町時代ですが、読み終えた後には、ふと自分の生きるこの世界に考えが向きました。先進国に生きる私たちの日常は、途上国からはどう見えているのでしょうか。私たちが当たり前だと思っている生活。それは普遍でもないし、永遠でもありえないことを、私たちは忘れているのではないかと。
最終更新日 : 2022-10-30
著者:垣根涼介 応仁の乱前夜の京。牢人の子として蔑まれて育った才蔵は、用心棒をしているところ、強盗の狩猟であった骨皮道賢に拾われる。道賢から、その知人・兵衛へと身柄を移された才蔵は、棒術の修行へと出されるのだが…… 『光秀の定理』に続く、著者の歴史小説というか、時代小説第2作。 その『光秀の定理』の感想を私は「風変わりな一冊」と紹介したのだけど、本作もそういう部分が多い。 ... …
2017/05/10 11:23 新・たこの感想文