
これは1冊の辞書を作り出そうとする人たちの物語です。この作品を読んで初めて知りましたが、辞書を作る過程では、どの単語を採録するかという取捨選択から始まり、各種専門家への原稿の依頼、正確を期すために何度も繰り返し行われる校正作業、はたまた利用者の使い勝手のいい紙の選択などなど、本当に膨大な作業がその裏にはあるのだと驚きました。
物語は、長年辞書編纂に携わってきた荒木が定年を迎えるところから始まります。その時、荒木は「大渡海」という新たな辞書に関わっていました。しかし、どうしても自分の後を継いでくれる人間が必要です。そんな荒木は、社内の別の部署で働いていた馬締という男を知りました。馬締は、まさに辞書を作るために生まれてきたような男でした。そんな馬締に、荒木は後を託すことに決めたのでした。
そんな馬締を荒木に勧めたのは、馬締と動機の西岡というチャラい男でした。彼の辞書作りに対する熱意は冷めたものでしたが、次第に馬締たちの熱意に心を動かされるようになります。ところが、西岡は宣伝部への移動が決定してしまいました。思いを残しつつ西岡は辞書編纂部から異動して行きますが、その時ちゃんと後に残る馬締やこれからやって来る新しい社員への贈り物を用意していたのでした。
ここで物語は急速に時が進んで、10年以上の時が流れます。辞書編纂部に新たな編集者として、岸辺という女の子がやって来ました。それまでファッション誌の編集をしていた岸辺は、最初は辞書作りという仕事にやりがいを感じません。しかし、西岡の残した贈り物に救われて、辞書編纂部の貴重な戦力となっていくのでした。
そして、岸辺がやって来てから数年が経過して、ようやく「大渡海」は完成します。その監修者である松本先生は、残念ながら完成した辞書を手に取ることなく亡くなってしまいましたが、松本先生がそして多くの人たちがこの辞書を通じて伝えようとしたものは、ちゃんと「大渡海」という形で残ったのでした。しかし、馬締たちの仕事はこれで終わりではありません。辞書をよりよい物にするための改訂作業、改版作業は永遠に続くのです。
辞書作成という、普段はあまり光が当たることのない世界を舞台にした物語で面白かったです。ただ、ちょっと余計だと思ったのは、馬締、西岡、岸辺のそれぞれの恋愛模様も描かれていたことです。辞書の編集作業だけだと内容的に地味だし重たいし、長い編集作業の間には冠婚葬祭だってあると思います。でも、それが辞書編纂の重さやおもしろさと釣り合っておらず、軽々しくて底が浅く、嘘くさいエピソードだったのが本当に残念でした。
最終更新日 : 2022-10-30