
「光の帝国」は連作短編集でしたが、この「蒲公英草紙」は長編小説でした。
物語の舞台となるのは、明治時代の(おそらく日露戦争の前)とある農村です。その村には槙村という旧家があり、代々の槙村家の尽力により、村は小さいながらも平和な暮らしを営んでいます。その槙村の屋敷の側に、医者の一家が暮らしていました。その家の娘が、物語の語り手となる峰子です。
峰子にとって、槙村の家はただただ憧れの対象でした。立派な旦那様に奥様、美しい息子や娘に、ちょっと乱暴な息子。そして病弱な末娘の聡子。そんな槙村の家に、峰子は深く関わるようになっていきます。病弱な聡子の話し相手になって欲しいと頼まれたのです。最初は恐る恐るお屋敷に出入りしていた峰子でしたが、やがて病弱ではありながら、清々しい聡明さを持った聡子に峰子は惹かれていくのでした。
お屋敷には槙村の家族の他に、多くの人たちが暮らしていました。その多くは、旦那様がめをつけて屋敷に連れてきた人々でした。いつもおかしな発明をしようとしている池端先生。洋行して西洋画を学んできた椎名さん。若いのに優れた仏師として認められている永慶さん。そして書生たち。
そんなお屋敷に新たなお客がやって来ました。それが春田家の人々でした。「光の帝国」を読んだ方なら、春田という名前で常野の一族だとわかります。春田家の人々は、主人も奥さんもお姉さんも弟も、どこか普通の人とはちょっと違っています。彼らは他の人たちとは違い、常野の使命を果たすために生きているのでした。
物語はかすかな悲劇の予感をはらみつつ進行して、終盤でそれが現実になります。この時の切なさ、聡子様の気高さには泣かされました。そんな悲しみに包まれた村を救ってくれたのが、常野でした。悲しみはあるけれど、何か大きなものに抱かれているような安らぎがありました。
この物語を読んでいる時、何度も生きること、そして死ぬことについて考えさせられました。少し前まで、私は死ねば全ては終わりだと考えていました。しかし、この物語を読む少し前に、それは何か違うんじゃないかと思い始めました。そんな時に、この物語と出会いました。そして、何か救われたような気持ちになりました。私たちの一生は短いけれど、時を超えて伝わっていくものがあると思えるようになりました。
最終更新日 : 2022-10-30