
前作「虐殺器官」もとんでもない傑作でしたが、この「ハーモニー」も期待を裏切らない素晴らしい作品でした。作者が既に故人となられているのが、本当に残念でなりません。
大災禍と呼ばれる混沌とした時期を生き延びた人類は、その後生命至上主義な社会を作り上げていました。この世界の多くの人間は、ある一定の年齢に達すると体の中にWatchMeと呼ばれる医療用モニター分子を入れます。それにより、人間の体の状態は常にモニターされて、異常があればメディケアと呼ばれる機械が対処してくれます。
一見、理想的に見えるこの世界に主人公の霧慧トァンは絶望していました。そんな時、そんな社会に反逆しようとする少女、御冷ミァハとトァンは出会ったのでした。彼女たちは、さらにキアンという少女を仲間に引き入れて、食べ物を受け付けなくする薬を飲んで餓死しようとしました。しかし、死んだのはミァハだけで、トァンとキアンは救命処置が間に合って生き延びてしまったのでした。
そして13年後、トァンはWHOの螺旋監査官として働いています。自らの体を痛めつけるような、飲酒や喫煙が忌み嫌われるこの世界で、トァンはその職業で得た特権を利用して、裏ルートで酒やたばこを手に入れていたのでした。それを上司に知られて、トァンは強制的に日本に送還されることになりました。
そこでトァンは、久しぶりに友人のキアンと出会いました。しかし、キアンはトァンの目の前でナイフで首をえぐって自殺したのです。
その時自殺したのは、なんとキアンだけではありませんでした。世界中で何千人もの人々が、キアンと同じように自殺していたのです。その謎の答えを求めてゆくうちに、トァンは死んだはずの御冷ミァハの気配を感じることになるのでした。
「虐殺器官」もそうでしたが、この作品もどこか哲学的に考えさせられる作品でした。また、高度に発展した社会の描写が、実にディティール豊かで、WatchMeが実用化されている世界ならこんな風になっているだろうと、納得させられるものがありました。
その中でも特に目を引いたのが、常にトァンに情報をもたらしてくれる拡張現実というシステムです。コンタクトレンズに仕込まれたモニタ、耳に仕込まれたイヤフォンを通して、トァンの行動をサポートする情報が適宜選択されます。このシステムが当たり前のものになっていることで、人々の生活様式さえ変化しているのが説得力がありました。
最後に、SFに興味がある人もない人も、この作品と「虐殺器官」はぜひ読んで欲しいです。ここまで凄い作品が、翻訳ではなく日本語で読めるのはとんでもなく幸福なことだと思います。正直、日本のSF小説は世界レベルにはほど遠いと思っていましたが、この2作に出会ったことで考えを改めさせられました。
最終更新日 : 2022-10-30