
これまでのシリーズでは大学生だった"私"ですが、この「朝霧」では社会人となって出版社に勤務し始めます。そのせいか、これまでのシリーズと比べると、時間の流れが速くなったような気がしました。
さて、この本には「山眠る」「走り来るもの」「朝霧」の3作品が収録されていました。
「山眠る」では、卒論の提出を終えた"私"が、社会人となってゆく時期の物語です。物語のテーマになっているのは俳句なのですが、私自身に詩心がないせいか今ひとつ作品にのめり込むことができませんでした。
2本目の「走り来るもの」は、リドルストーリーを扱ったお話です。"私"が社会人となって、数年経った頃の物語です。このお話は、物語本編も面白いですが、それ以上に心に残ったのは職場の先輩が"私"に教えてくれた言葉です。「本屋が稼ぐのは、売れない本のため。儲かったら、これだけ損できると思うのが本屋さん」
損するのがわかっていても出さなきゃいけない本のために稼ぐ。文化を守り、育てるというのはこういう出版業界の心意気なんでしょうね。
3本目の「朝霧」は、本のタイトルともなっているだけあって、3作の中では一番推理色が強いものでした。
ある日、"私"は祖父の日記を手に入れました。それを読み進んでいくうちに、"私"は祖父が学生時代に下宿していた家の娘さんからもらった暗号文を見つけました。昭和初期に書かれたその日記の暗号を、現在の"私"が円紫さんの力を借りて見事に解き明かしました。
この円紫さんと"私"のシリーズは、この先もまだ続けられそうなのですが、続きが出ないのが寂しいような、読者に想像の余地を残したここで終わるのが正しいような複雑な気持ちです。"私"の恋愛や結婚まで読みたいような気もすれば、そこまで描くと別の作品になってしまうような・・・。
ともあれ、このシリーズがこの先も続くにせよ、続かないにせよ、このシリーズはふと何かの折に思い出して、何度も読み返したくなる魅力と深みを持った作品だと思います。(^^)
最終更新日 : 2022-10-30