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2009-08-12 (Wed) 01:01

結局は自分のことを何もしらない/アルボムッレ・スマナサーラ

結局は自分のことを何もしらない―役立つ初期仏教法話〈6〉 (サンガ新書)昔から仏教や東洋哲学に関する本を読むのが好きでした。そんな中で、ふと書店でこの本に目をとめて読んでみました。

「どう生きたらいいのかわからない」という迷いや疑問は、時に誰しも持つものだと思います。この本では、その前に大きな問題があることを指摘して、それを理解することから話が始まります。多くの人は、"私"とは何であるかを理解していません。それでは"私"とは何なのか、この本ではとてもわかりやすく説明してくれます。

その中でも印象的だったのは、生きることは苦しみだと喝破されていたことです。仏教では四苦として、生老病死があるそうですが、以前私はこれを聞いてもなぜ生きることが苦しみなのか理解できませんでした。
この本ではそれを、人は常に動き続けなければ苦痛を感じる存在だと簡単に説明してくれました。人は常に、新しいささやかな楽から楽へと動き続けることで、苦しさを忘れようとしているのです。

しかし、それでは根本的な解決にはなりません。さらに、人の心は1人1人それぞれにねつ造された自分自身の感覚の中で物事を判断しています。それを元に行動を起こすのですから、人間は間違えたり失敗して当然なのだそうです。

それを回避するための手段として、あるものをあるままにただ感じること。そして、次々と心の中にわき上がってくる妄想を撃退することが必要なのだそうです。そのための手段として、この本では瞑想を勧めていますが、残念ながら本書ではその具体的な方法についての記述はありませんでした。

まだ本書の内容の全てが理解できたり、納得できたわけではありませんが、ところどころで指摘されている事柄には、自分自身の経験を踏まえてはっとさせられることが何度もありました。
かって、うつ病が酷かった時に、死を考えたことがありましたが、その時にギリギリで踏みとどまれたのは死そのものより、それに至るまでの苦痛を味わいたくないという気持ちがあったからでした。
人は死より、そこに至るまでの過程の方を恐れているのかもしれませんね。

最終更新日 : 2022-10-30

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