
読み続けている間、ずっと感じ続けていたのは物語の美しさと郷愁、憧れでした。
毎晩眠る前に1章ずつ読み進めていったのですが、読み終えた後に満足感ときれいで安らいだ気持ちが心に残りました。物語的には、深い内面描写があるのですが、それを含めた各場面が1枚の美しい絵画のように思い浮かびます。
主人公のクーンは、音楽家を目指していますが、自分の才能を自覚しどの程度の音楽家になれるか気づいています。歴史的な名音楽家として名は残せないかもしれないけれど、彼はそれでも音楽を作曲することをやめることができません。芸術家とは、こういった芸術に魅入られてしまった人のことを言うのだろうなあと思いました。
さらに魅力的なのが、主人公の友人&支援者として登場してくるムオトです。彼の周りには、最初から危険で破滅の気配が感じられますが、彼を知れば知るほど好きにならずにはいられないような人物でした。
鬱病の影響で、私自身いろいろと精神的な苦しさを経験しましたが、その時にかいま見たものと同じものを彼が見ていたのではないかと思ったからです。
そして、物語のタイトルにもなっているヒロイン・ゲルトルート。美しく自制心があって誇り高い、素晴らしい女性です。それがムオトとの結婚を経て、徐々に心が消耗していってしまいます。心の一番深い部分で、彼女とムオトは一つになれなかったのです。
それでも彼女は、ムオトを愛し続けます。そうすることが破滅へと向かっていても、ゲルトールもムオトも互いに相手なしでは生きられないからです。
物語は、ムオトの死で結末を迎えます。しかし、主人公はずっと作曲を続けるでしょうし、ゲルトルートは夫を亡くした妻として1人で生きてゆくことでしょう。描かれていないのに、登場人物たちの先の人生まで見通せるような気持ちになりました。
久しぶりのヘッセの小説でしたが、やはり素敵でした。感情的な波長が自分と合っているのか、物語がすっとやさしく心の中に入り込んでくるんですよね。
新しい翻訳も、読みやすくて品位があります。全16巻のうち8冊分が現在刊行されていますが、他の作品を読むのが楽しみになりました。出版社にとっては益は少ないかもしれませんが、末永く残して伝えてゆくべき全集だと思います。
最終更新日 : 2016-04-22