日々の記録

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アリ・スミスさんの「両方になる」を読み終えました。

この本は、かなり実験的な作品でした。物語は2つのパートになっていて、1つはルネサンス時代のイタリア人画家の、もう1つは現代のイギリスに住む女の子の物語です。いっけん何の関係もなさそうな2つが、複雑に入り組んだ形で物語が展開するのが面白かったです。

作中にはいろいろな仕掛けがあって、それも楽しかったです。ネタバレすると、これから読む方の楽しみを奪いますので、詳しく感想を書けないのが残念です。(^^;

作品全体の内容は軽くないと思いますが、語り口が軽くて言葉遊びもあって、そういった部分も楽しくさらりと読めました。しかし翻訳の限界もあるようなので、できれば原書で読んで楽しめるのが一番いいのかもしれません。

私自身は、この作品をとても気に入りました。しかし、この作品は好き嫌いがはっきりと分かれる作品だと思います。
最初に題名の「両方になる」を見た時、不思議なタイトルの本だなあと思いましたが、読者の好みが極端に分かれるという意味でも"両方になる"本だと思いました。
新たな猟奇事件と過去の標本事件の類似が原因で、狡噛が捜査から外されてしまうお話でした。

公園で発見された標本化された死体。その時に使われた薬物には、過去の標本事件で使われたものと同じでした。
標本事件に強いこだわりを持つ狡噛が、それを理由に宜野座から捜査から外されました。そんな狡噛の監視役として、朱が指名されました。2人はこれで、捜査の第一線から外されてしまいました。

朱は過去の事件のこと、そして狡噛の相棒だった執行官・佐々山のことを尋ねました。狡噛は佐々山をクズ野郎と呼びましたが、その一方で佐々山の持つ激しい感情を認めてもいました。佐々山は標本事件の黒幕らしい、槙島の存在を突き止めていました。しかし槙島らしき写真データを残して、佐々山は殺されてしまいました。

そして、王陵璃華子の事情も明らかになりました。彼女の父は、残虐なモチーフを描くイラストレータでした。彼女はそんな父のことを尊敬していました。しかし王陵牢一は、現在は死んだも同然の姿になっています。

牢一が残虐な絵を描いたのは、人々の絶望や暗黒面への啓蒙のためでした。しかしシビュラシステムの導入によって、彼の理想は達成されてしまいました。目的を失った牢一は、精神メンテナンスに依存するようになりました。そしてそれが原因で、ユーストレス欠乏性脳梗塞と呼ばれる症状を発症して廃人のようになってしまったのです。

そしてまた、桜霜学園で新たな事件が起きました。王陵璃華子が、新しい犠牲者を得たのです。行方不明になった葦歌のことを心配する加賀美は、璃華子に葦歌のことを聴きに行ったのです。そして加賀美は璃華子に捕まってしまいました。

璃華子の犯罪に手を貸しているのは、もちろん槙島です。死体を標本にするための特別な薬液を提供しているのも、槙島でした。そんな彼の話を驚いた風もなく聞いている男性は何者なのでしょうか!?