日々の記録

アニメと読書の感想をメインにしたブログです。 ☆ゆるゆるっと更新中です☆


伊東道風さんの「万年筆バイブル」を読み終えました。

この本では、初めての万年筆の選び方、正しい使い方、その構造、インク、世界の万年筆メーカーなどについて、コンパクトにまとめられています。またパイロットの万年筆の製造現場を取材した、カラー写真付きのページもあって、どんな風に万年筆が作られるのかを知ることもできます。

個人的にはデジタル大好きなので、最近では手書きで文字を書くことは少なくなっていました。この本を手に取ったのは、久しぶりに手書きで文章を書こうとしたら、あまりにも漢字を忘れていることに愕然としたからです。(^^;

字を書くだけなら、鉛筆でもボールペンでもいいですが、それだとモチベーションが上がりません。そこで万年筆を使ったら、少し特別な感じで文章を書けるのではないかと思いました。

しかし、ちょっと調べただけでも万年筆は安い物から高い物まで、ものすごく種類があります。また、最近いろいろなインクが販売されていて、それを試してみたいという気持ちもありました。でも、どれを買ったらいいのかわからず迷っていました。そんな時にこの本の内容は、とてもわかりやすくて参考になりました。
アルセーヌ・ルパン全集の第3巻、「ルパンの冒険」を読み終えました。

百万長者のグルネイ=マルタンは、ルパンからの予告状に怯えていました。彼が集めた数多くのコレクションと共に、その中でも特に価値のあるランバール王女の宝冠が狙われていると知ったからです。グルネイ=マルタンは、娘のジュルメーヌの婚約者であるシャルムラース公爵の提案で、宝物があるパリの屋敷へと向かうことになります。

今回、ルパンの捜索にあたるのはゲルシャール警視正です。どうしてガニマール警部じゃないのかと思ったら、この作品はもともとお芝居として作られて、そのお芝居を見たガリマールという人物が、ルパンにしてやられる警部の名前が自分と似ていることを抗議したからでした。

お芝居として元々作られた作品のせいか、1つの場面で登場人物の会話の応酬が長いのが少し気になりました。そして物語の結末では、ルパンがある決断をしているのも、その後の彼の活躍を考えると不思議な気がしました。

次はいよいよ、有名な「奇岩城」です。昔読んだ覚えはありますが、内容は完全に忘れているので^^;、新鮮な気持ちで物語を楽しめそうです。
ウォルター・アイザックソンさんの「イノベーターズII」を読み終えました。

この巻では、パーソナルコンピュータの誕生、ソフトウェアの発達、ネットワークとWebの誕生、ブログやウィキペディアの出現について紹介されます。最終章として、人間のようなコンピュータではなく、人とコンピュータがお互いの長所で協力し合う未来が語られていました。

1巻は自分自身が直接関わる前の時代のお話でしたが、2巻では自分も関わった時代の出来事も語られていて、読んでいて懐かしく思うところもありました。ただ内容的に、ブログとウィキペディアの重要性が強調されすぎている気がしました。

気軽にネットに記事を投稿できたり、共同で百科事典を作る取り組みは、たしかに有意義なものだと思います。しかし、この2つは他の章で取り上げられているような革新性は、個人的には感じませんでした。これらを取り上げるなら、TwitterやGithubなども取り上げて欲しいと思いました。

とはいえ、全2冊にコンピュータの歴史がコンパクトにまとめられた、わかりやすくてよい本だと思います。この本を読んで、コンピュータのことをもっと知りたいという人が増えるといいなあと思いました。
アルセーヌ・ルパン全集の第2巻、「ルパン対ホームズ」を読み終えました。

前巻では互いに顔見せ程度だったルパンとホームズですが、この巻では2つの事件で激突します。収録されているのは、「金髪の美女」と「ユダヤのランプ」の2作です。

あとがきを読んで知りましたが、日本ではホームズと翻訳されていますが、コナン・ドイルからクレームがあったため名前の文字を入れ替えて、エルロック・ショルメスと原書では表記されているんですね。

違う著者が書いたのだから当たり前ですが、この物語に登場するホームズは何となくホームズらしくないんですよね。さらに言えば、ワトソンは「これ誰!?」という感じがしました。(^^;

また、2つの物語ではルパンとホームズの引き分けといった形で終わっていますが、物語の多くでホームズがルパンに翻弄されすぎている気がします。原書がホームズ表記でないのなら、翻訳もショルメス表記にして欲しかったなあ。

とはいえ「金髪の美女」も「ユダヤのランプ」も、どちらも面白かったです。特に「金髪の美女」では、謎の面白さに加えて、仕掛けの面白さがあって楽しめました。ルパンに協力する、謎の金髪美女という設定も魅力的でした。

「ユダヤのランプ」は、物語のボリュームは「金髪の美女」の半分くらいですが、最終的な真実が明らかになった後の切なさが心に残る作品でした。
ウォルター・アイザックソンさんの「イノベーターズI」を読み終えました。

著者のスティーブ・ジョブズの伝記が面白かったので、コンピュータとインターネットの歴史を書いた「イノベーターズI」も読んでみました。

最初に登場するのは、バベッジの解析機関と世界初のプログラマー・エイダです。そしてプログラム可能な計算機という、重要な概念が生まれました。しかしこの時代にはまだ、コンピュータを実現するための周辺技術が整っていませんでした。
パンチカードを利用した集計機械の時代を経て、次に大きな動きがあるのは100年後でした。

チューリングやシャノンの理論、そして真空管を使った電子計算機がようやく現実の物となります。この時に生まれたコンピュータは、弾道計算や暗号解読など軍事目的で利用されるものでした。

やがて真空管に変わり、トランジスターが生み出されます。トランジスターは、やがてマイクロチップへと発展していきます。この時代には、それらの有用性に気づいた人たちは、技術の特許を獲得競争を繰り広げることになりました。しかし、軍事用機器に大量に使用されたことが、結果としてそれらの部品の価格を引き下げることになりました。

それは、ゲームやコミュニケーションの道具としてのコンピュータという、新たな利用へとつながっていきます。MITの学生たちが作り出した、伝説的なゲーム・スペースウォー。それとは全く異なるアプローチで作られた、アタリのアーケードゲーム。そして、軍からの多額の出資を得て実現した、インターネット。

この中で語られていることの多くは、すでに別の書籍で知っていましたが、それでも読んでいてワクワクしました。そこには多くの人が登場しますが、彼らが協力し合ったり、反発したり、外向的な人もいれば、内向的な人も、情熱的な人もいます。そうした様々な人たちから、今のコンピュータやネットが生まれたのだと思うと、感慨深い気持ちになりました。
本邦新訳という言葉に惹かれて、アレクサンドル・デュマの「千霊一霊物語」を読み終えました。

物語の語り手であるデュマは、1831年9月1日にフォントネ=オ=ローズ市を訪れていました。そこでデュマは、とある事件に出会います。石切夫のジャックマンが、自分の女房を殺して捕まえてもらいに来たと、市長のところにやって来たのです。

彼が自首してきたのは、首を落として斬り殺したはずの女房が、「この人殺し!」と叫んだというのです。市長と警視、医師、そしてデュマも現場検証に立ち会うことになりました。そして確かに、ジャックマンの女房が首を切り落とされて死んでいるのを発見したのでした。

本当に殺された女房が叫んだのか、その真相はわからぬままデュマは、その晩は市長のルドリュの屋敷に滞在することになりました。そこに滞在していた他の客たちと事件のことを話し合ううちに、いつしかそれぞれが体験した不思議な物語について語り合うことになります。

そうしてルドリュ、ロベール医師、ルノワール士爵、ムール神父、謎の人物アリエット、グレゴリスカ夫人と、次々に不思議な物語が語られます。推理小説ではないので、それぞれの物語の不思議な出来事が解き明かされることはありませんが、著者の語り口の上手さもあって、物語の1つ1つが興味深くて面白かったです。

というわけで、久しぶりにデュマの作品を読みましたが、昔と同じように読み始めたら止められない面白さでした。(^^)
モーリス・ルブランの伝記を読んで、あらためてルパン・シリーズを読み返したくなりました。今回読んだのは、偕成社版です。児童書なので内容が簡略化されているのかと思ったら、完訳版でした!(^^)

第1巻には、「ルパン逮捕される」「獄中のアルセーヌ・ルパン」「ルパンの脱獄」「ふしぎな旅行者」「女王の首飾り」「ハートの7」「アンベール夫人の金庫」「黒真珠」「おそかりしシャーロック・ホームズ」の9作の短編が収録されています。

読み始めた最初は、漢字にふりがなが多いのが気になりましたが^^;、途中から内容の面白さに引き込まれました。1作ごとに異なるルパンの活躍が描かれていますが、最初の「ルパン逮捕される」と最後の「おそかりしシャーロック・ホームズ」に共通の登場人物がいて、物語が1つの流れとしてまとまる構成がいいなあと思いました。

偕成社のシリーズは、全25巻+別巻5冊の計30冊ありますので、この先を読み進めるのが楽しみです。
マリオ・バルガス=リョサさんの「密林の語り部」を読み終えました。

この作品は、フィレンツェにいる現在の著者とペルーに在住していた当時の著者、そしてインディオの神話のような物語の3つで構成されています。物語は、著者がフィレンツェで密林の語り部の写真を見つけたところから始まります。

ペルーに在住していた当時、著者にはサウル・スラータスというユダヤ人の友人がいました。彼は顔の半分に痣がありましたが、気さくで人当たりのよい人物でした。サウルは密林に暮らす人々の生活に強く惹かれていました。その当時から、密林の部族の言語や生活の研究。便利な道具や宗教の普及が進められていました。

しかし、サウルはそれは間違っていると主張します。彼らの世界は彼らの中で完成されたもので、外部からの干渉は彼らにとって害でしかないというのです。その後、著者はペルーを離れて、サウルとも疎遠になってしまいます。

その物語とはいっけん無関係そうに、インディオの神話らしいエピソードが語られていきます。どのように世界が創造されたと考えているのか、そして彼らが定住せず密林を放浪するように生活している理由などが、そこから読み取れます。

正直に言って、最初はこの神話のようなエピソードはあまり面白いと思えませんでした。しかし、そこにサウルらしき姿が現れてきた時、物語が1つにつながり面白くなってきました。そして、サウルが文明社会を捨てて、なぜ密林で語り部となったのかが次第に明らかになっていきます。

この本でのもう1つのお楽しみは、先に読んだ著者の「緑の家」に登場した人物のエピソードが、この本の中にも盛り込まれていることでした。

物語自体は淡々と進んでいきますが、読み終えた後に自分たちの価値観が絶対なものなのかという疑問、密林を放浪する部族とユダヤ人との連想、自然と共存した生き方など、さまざまなことを考えさせられる作品でした。
ジャック・ドゥルワールさんの「いやいやながらルパンを生み出した作家 モーリス・ルブラン伝」を読み終えました。

アルセーヌ・ルパンの生みの親として知られるモーリス・ルブランですが、その生涯は意外なくらいに知られていません。
詳細な調査に基づいて書き上げられたのが、この伝記です。

内容はその生い立ちから始まり、文学作家としてのデビュー、ルパンを書くことになった経緯、ルパンの大ヒット、文芸家協会での活躍、出版社や映画会社との契約を巡る問題、そしてその最期までです。

伝記には、ルブランの妹ジョルジェットについても数多く言及されています。ジョルジェットは、女優として活躍していて、「青い鳥」で有名なメーテルリンク(作中ではフランス語発音でメーテルランクと表記)と関係をもっていました。

そしてルブランは、同じ芸術家気質を持つ妹を、常に気遣っていました。最終的にジョルジェットは、女優時代に稼いだ財産も失い、貧困の中で亡くなります。そして、そんな妹を追いかけるように、その1ヶ月ほど後にルブランも亡くなりました。兄妹の深い絆を感じさせるエピソードですね。

この本を読み始めた最初は、ルブランの過ごした場所や出会った人々の詳細な描写が少し細かすぎるように感じましたが、途中から内容に引き込まれて、それは気にならなくなりました。

この本を読んだのをきっかけに、久しぶりにルパン・シリーズを読み返そうと思ったのですが、ポプラ社や偕成社から発売されている本の他は、シリーズ通しての翻訳本がないことを知って驚きました。シャーロック・ホームズは、各社から複数の翻訳が全集として発売されているのに、大人向けに翻訳されたルパン全集がないのは残念です。

また翻訳権の問題で、「813」と「続813」は新潮文庫から発売されている堀口大學の訳しか大人向け翻訳がないのも残念です。翻訳を独占するなら、ルパン・シリーズすべての作品をそろえて欲しいと思いますし、それができないのなら、潔く他社での翻訳を認める度量が欲しいですね。

ホームズと同じように、ルパン・シリーズも新しい訳者による、新しい翻訳で全シリーズを読みたいものですね。
昨日亡くなられた(涙)、眉村卓さんの「EXPO'87」を読み終えました。

この作品は、1970年の大阪万博に先立つ1968年に書かれた作品です。1987年に再び、日本で万博が行われることになった世界が舞台です。物語は開催の4年前から始まり、万博が開催されるところで終わります。

万博に出品する企業の1つ、大阪レジャー産業は社長が急病で倒れて、専務の豪田が陣頭指揮を執ることになります。財閥系に属さない大阪レジャー産業にとって、万博で自社の技術力をアピールすることに大きな意味がありました。しかし、対抗企業の妨害もあり、それは順調には進んでいません。

そして大阪レジャー産業は、複数のプランニング会社からアイディアを募ります。その1つが、シン・プランニングでした。その代表の山科は、このチャンスを利用して業績が落ち込んでいる会社を建て直そうとしています。有能な専門家を集めた集団として業績をあげてきたシン・プランニングでしたが、今では有能な人材は大手企業に引き抜かれて、以前ほどの力はなくなっていたのです。

山科には作家の妻・紀美子がいますが、2人の関係は冷え切っています。紀美子はふとした成り行きから、女性の権利拡大を訴える家庭党と関わり、その活動に協力することになってしまいます。さらに万博反対派の対策のために設置された、万博監視員にも選ばれました。

万博反対を訴えるのは、組織や団体だけではありません。この時代には、タレントを越えたビッグ・タレントという存在がいて、彼らは豊富な資金と綿密な計算に基づいて、人々の嗜好を満たす存在として影響力を持っていました。
その1人・朝倉遼一は、ビッグ・タレントの中でも特に秀でた人物でした。朝倉もまた、万博反対を訴えます。

それぞれの勢力が、それぞれの思惑で動く中、財閥系の企業が密かに養成した産業将校と呼ばれる者たちが活動を開始しました。彼らは徹底した教育を受けて、幅広い専門知識と強靱な体力を持っています。最初は財閥の命じるままに活動を開始した産業将校でしたが、海外勢力との対立が激化する中で、産業将校同士の連携を強めて彼ら自身がコントロールする側へと代わっていきます。

そして、なんとか万博が開催された時、日本は産業将校が大きな力を持つ、効率や能力重視でさまざまな出来事がコントロールされた世界になっていたのでした。

物語は複数の視点から描かれていく、ディストピア小説といった雰囲気です。物語に登場するテクノロジーは、現在も実現されていない圧縮記憶や実感装置などが、当たり前の存在となっています。しかし、日本市場を牛耳ろうとする海外勢力との戦い、仕事に追われて家庭を省みる余裕さえない労働者など、時代に先駆けている描写もあって凄いなあと思いました。

こんな素晴らしい作品を生み出された眉村さんが亡くなられたのは、本当に残念で悲しいです。しかし眉村さんが残された作品を、私はこれからも読み続けます。
眉村卓さんの「二十四時間の侵入者」を読み終えました。

この本には、「二十四時間の侵入者」と「闇からきた少女」の2作のジュブナイル小説が収録されています。どちらも中学生が主人公のお話です。

「二十四時間の侵入者」は、絵画部の写生会に参加した住野隆一と小沢未代子が怪しげな少年を目撃します。それを境に、2人だけでなく日本全体が混乱に陥る事件が発生します。怪しげな少年はどこからやって来たのか、そして彼らの目的は何なのかが次第に明らかになります。

「闇からきた少女」は、王子町団地に住む長原克雄が不思議な少女と出会うところから物語が始まります。大森由美子と名乗ったその少女は、彼と同じ中学生らしいのですが、なぜか学校で彼女を探しても見当たりません。それどころか、団地に出没するという妖怪が彼女らしいのです。果たして彼女は何者なのでしょうか。

2作とも子供向けということもあり、お話はシンプルですが他の眉村さんのジュブナイル小説と同じく、読み始めたら引き込まれるものがありました。他の眉村さんのジュブナイル小説でもそうですが、主人公となる少年少女が品行方正で真面目なところが好感が持てます。
眉村卓さんの「幻影の構成」を読み終えました。

いつともわからない未来、人類はイミジェックスと呼ばれる小型のイヤフォンから、あらゆる情報や娯楽、癒やしを得て暮らしていました。しかし第八都市に暮らすラグ・サートという青年だけは、イミジェックスに依存しきることなく、彼ら一般市民を統率する中央登録市民になるために努力を重ねています。

そしてラグは、なんとか中央登録市民になりました。しかしそこで彼は、中央登録市民さえも本部である中央市からの指示で動いているに過ぎないことを知りました。そしてラグは、上司であり第八都市の変革を目論むハクソンと共に、中央市へと赴きました。そこでラグは、中央市は複数の企業体からなる集合体であり、第八都市はその1つのカガ・コンツェルンに属するものでしかないことを知りました。

それと平行して、ラグの身辺には昆虫のような姿をした宇宙人が現れていました。不思議なことに、彼以外はそこにいるはずの宇宙人に気づかないのです。やがてラグは、それもイミジェックスの影響だと知りました。

そしてラグは、第八都市から逃亡することになりました。彼が逃げ延びたのは、中央市の周辺で暮らす自由民と呼ばれるグループの中でした。自由民とはいえ、都市と関わりなく存在しているのではなく、都市に寄生するようにして稼ぎを得て生活しています。

その中の革新的なグループと出会ったラグは、イミジェックスと宇宙人を排除するために活動を始めます。しかし、宇宙人は自分たちの目的のためにイミジェックスを利用していました。そのためラグたちの活動は、都市を守るパトロールだけでなく、宇宙人からも妨害されて成果を上げられません。

そこでラグは、自分たちもイミジェックスを利用して活動拠点を作り上げようと考えました。そのための場所として、ラグは第八都市を選びました。仲間と共に第八都市に乗り込んだラグは、都市のイミジェックスをコントロールして、自分たちの目的のために市民を利用します。

そんなラグたちは、やがて宇宙人との激しい戦いを始めました。しかし、ようやく宇宙人を追い払ったと思ったら、今度は中央市をはじめとする都市でイミジェックスが停止して、都市機能が失われてしまいました。ラグは、これまで自分たちがしてきたことは何だったのかと疑問を持つのでした。

この作品の最初には、私たちの日常の1コマを描いたかのような「はじめに」があります。そして物語の終わりには、「ふたたび」という同じような日常が描かれます。その間にある物語を読み終えた時、「はじめに」と「ふたたび」の持つ意味が見えてきて、驚かされました。

作品が書かれたのが、1970年代なので古さはありましたが、それを差し引いても面白かったです。眉村さんの他の作品にも見られるように、主人公は体制を外から破壊しようとするのではなく、内部にいながら変革しようとします。
わかりやすい文章で、物語が淡々と進みながらも、読み手を離さず、読み終えた後に深く考えさせられる作品なのは、さすがだと思いました。
山田正紀さんの「神狩り」を読み終えました。

S大の情報工学部の天才、島津圭助は石室に刻まれた不思議な「古代文字」を研究していました。彼がどれだけ努力を重ねても、その文字は解読できないのです。そして彼は、それが人間には理解不能な構造を持っていることを突き止めました。

そして島津は、古代文字の存在を知る謎の組織に拉致されてしまいました。そこで彼は、さらに研究を進めることを強いられます。組織の施設から脱出した島津は、やはり古代文字の秘密を追い求めている神学者の芳村、華僑とつながりのある宗、霊感能力者の理亜(ゆりあ)と出会いました。

芳村たちは、古代文字は神からのメッセージだと信じていました。過去にもこのような文字が人間界に現れたことがあり、それを解読できた者は世界を支配することが出来ると信じられていました。神はそうして人間たちが困惑して、争う様子を見て楽しんでいるのだと言います。

彼らに手を貸すことを決めた島津は、仲間たちが次々と死んでゆく中、それでもなんとか神と戦おうとします。

1976年の発表当時、大きな衝撃を与えた作品だったようですが、今となっては衝撃度も少ない気がしました。物語の結末も、大風呂敷を広げたわりには、あっさりしていて物足りない感じがしました。
米澤穂信さんの古典部シリーズ「いまさら翼といわれても」を読み終えました。久しぶりの古典部シリーズだったので、奉太郎とえる以外の登場人物を忘れかけていました。(^^;

この本には6作の短編が収録されています。生徒会選挙の不正の謎を描いた「箱の中の欠落」、中学時代の卒業制作に関わる謎を解き明かす「鏡には映らない」、中学時代の先生の不思議を調べる「連峰は晴れているか」、摩耶花の漫研問題を描いた「わたしたちの伝説の一冊」、奉太郎の小学生時代が描かれた「長い休日」、合唱祭を前に消えたえるを探す「いまさら翼といわれても」。

「鏡には映らない」と「わたしたちの伝説の一冊」は少し重い内容ですが、6作の中では読み終えた後に特に心に残るものがある作品でした。

このシリーズ、まだ続けられそうな気もしますが、最後に収録された「いまさら翼といわれても」できれいに終わった感じもするので、続編はなくてもいいような、でもやっぱり続けて欲しいような複雑な心境です。(^^;
マリオ・バルガス=リョサさんの「緑の家(下)」を読み終えました。「世界終末戦争」ほどの大作ではありませんが、かなり読み応えのある作品でした。

下巻では、上巻ではわからなかった登場人物のつながりがみえてきます。40年ほどの間に起きた、5つの事件が交錯して描かれていました。

メモを取りながら読んでいたわけではないので、途中でこれって誰だっけ!?ということも何度かありましたが^^;、そんな風に混乱してしまうところもこの作品の魅力になっていると思いました。もう一度読み返す機会があったら、次は人間関係の相関図を書きながら読んでみたいですね。

作中の登場人物は、誰も一癖あって魅力的ですが、中でもインディオ出身のボニファシアの運命の変転には驚きました。最初は気弱な少女だったボニファシアですが、最終的には旦那を尻に敷いている感じでたくましくなりましたね。(^^;

決して読みやすい作品ではないのに、最後まで読み通せたのは、やはり作品が面白かったからだと思います。時に登場人物が誰だかわからなくなり、時にこれはいつの時代の話なんだろうと混乱しましたが、その混乱さえも作品の舞台となっている南米の暑さや湿度、行く手を阻む密林、けだるい雰囲気を感じさせてくれるもののように思えました。
世界終末戦争」に続いて、マリオ・バルガス=リョサさんの「緑の家(上)」を読み終えました。

物語の舞台となるのは、ペルーの奥地です。複数の物語が並行して、時間軸も場所も入り組んで展開するので、最初はかなり戸惑いました。語られている主な物語をあげてみると・・・

インディオの村を訪れた尼僧院のシスターたちと治安警備隊の兵士たちが、そこから無理矢理インディオの女の子を連れ帰ります。そうして集めた女の子たちを僧院に閉じ込めて、シスターたちは西洋式の教育を押しつけています。

ところが、そうして育てられ少女の1人で、僧院の手伝いをしていたボニファシアは、あるとき僧院に集められた少女たちを逃がしてしまいます。それを怒った僧院長は、彼女をお金持ちのお手伝いとして僧院から追い出します。

ピウラと呼ばれる町は、砂まじりの風が吹いている厳しい土地です。住人は旅人が来るともてなしますが、誰も居着こうとはしません。あるとき、アンセルモという男がやって来ました。彼はなかなかの金持ちで、やがて町の側に「緑の家」と呼ばれる娼館を作りました。

それからピウラ出身のリトゥーマという青年が、久しぶりに町へと帰ってきました。彼は権力者を批判して、しばらく姿を隠していたようです。昔の仲間と酒を飲みながら語り合ったリトゥーマは、それから緑の家にも顔を出します。

それからフシーアという日系人らしい男性は、なにか盗みを働いて追われる身のようです。フシーアはアキリーノという老人と逃亡しながら、これまでの出来事を語り合います。

インディオは、彼らが採取したゴムや革を西洋人に売っています。安く手に入れた品々を売ることで、西洋人は大きな利益をあげていました。ところが、インディオに入れ知恵した者がいて、インディオたちはこれまでのように品物を西洋人に渡そうとはしません。

ざっと把握しただけでも、こういった物語が複雑にからみあいながらお話は進みます。特に、ある人物同士が語り合っている時に、そこで語られている人物のやり取りが並行して物語に挟み込まれるのが一番混乱しました。(^^;
それでも読み進めていくと、パズルのピースが組み合わさるように、複数の断片がなんとなくつながっていくのが面白いです。

まだ下巻が残っていますが、すべてを読み終えた時にどんな世界が見えてくるのか楽しみです。
マリオ・バルガス=リョサさんの「世界終末戦争」を読み終えました。ハードカバーで2段組・700ページほどの本なので、読み終えるまでに2ヶ月くらいかかりました。(^^;

この作品は、19世紀末に実際にブラジルで起きたカヌードスの反乱を題材としています。ブラジルの奥地に、キリストの再来とも言われる聖人コンセリェイロが現れます。セルタンゥ各地を遍歴したコンセリェイロの周りには、やがて多くの信者が集まります。その多くは社会の最底辺として暮らしてきた人々でした。その中にはなんと、盗賊や殺し屋などもいます。

カヌードスを占拠した彼らを排除するために、国は軍を派遣します。しかし最初の軍はあっけなく敗れ、共和国政府は精鋭部隊を率いたモレイラ・セザル大佐を送り込みます。ところが、その精鋭さえもカヌードスに集結した人々は撃退してしまいます。カヌードスの過酷な環境を反乱軍は巧みに利用して、ゲリラ戦を展開したのです。

政府は威信を守るために、さらに大規模な部隊をカヌードスに送り込みました。その数と物量の前に、ついにカヌードスに集まった人々は壊滅することになります。

大筋はこのようにシンプルですが、多数の登場人物とさまざまな時間軸から物語が描かれています。それに少し戸惑いましたが、それぞれの登場人物を通して語られた出来事が積み重なって、事件の全貌が見えてくるのが面白かったです。

途中で挫折しなかったのは、多くの人物が語り手となり、それぞれの抱えた思い・生き方が詳細に描かれていて、その1人1人に存在感があったからだと思います。

また、この本を読みながら、様々なことを考えさせられました。宗教とは何なのか、救いとは何なのか。争い戦う人間の醜さと残虐さ。世界の複雑さと奥深さを。
話題の中国SF「三体」を読み終えました!

物語は、文化大革命の中国から始まります。その時代は、知識人にとっては生きづらいものでした。女性科学者・葉文潔は、父を革命集会で殺害され、自身もまた不本意な生き方を強いられていました。そんな彼女は紆余曲折の末、極秘に実行されているとあるプロジェクトに関わりました。

一方、現代ではナノテク素材の研究者・汪淼が、不可解な事件に巻き込まれていました。自分の身に起きた謎を追ううちに、汪淼は「三体」の驚くべき真実を知ることになります。

本当は物語の内容をもう少し詳しく語りたいのですが、何を書いてもネタバレになりそうで^^;、ほとんど内容に触れられないのが残念です。ぜひ実際にこの本を読んで、その面白さを自身で体験して欲しいです!

中国SFということで、登場人物の読み方などに最初は戸惑いましたが、途中からそんなことが気にならなくなるほど面白くなりました。夢中になってSF小説を読んでいた頃の、ワクワクした気持ちが蘇ってきた感じです。
物語はひとまず決着しますが、これで終わりではなく三部作として発売されたものの最初の1冊が翻訳されたのだそうです。続く2巻、3巻でどんな展開が待っているのか、今から楽しみです!(^^)
体調はいまだに不調ですが、なんとか本を1冊読み終えました。(^^;

この本は、前に読んだ「タタール人の砂漠」の著者・ブッツァーティの短編集です。表題作2作を含めて、全部で15作の作品が収録されています。多少の長短はありますが、どれも隙間時間にちょこっと読むのにいい感じの長さでした。

どの作品もブッツァーティらしい雰囲気で、語り口はメルヘンのようですが、読み進めていくと不安や破滅、人生の理不尽を感じさせられる内容でした。15作の中では、「七人の使者」「神を見た犬」「七階」「マント」「水滴」「なにかが起こった」「山崩れ」「急行列車」「聖者たち」あたりが気に入りました。

その中では、自分が体調が悪いこともあって、とある病院に入院した男を描いた「七階」が現実にありそうで^^;ちょっと怖かったです。
夢枕獏さんのキマイラ・シリーズ第14巻、「キマイラ 14 望郷変」を読み終えました。

前巻まではパワーダウンが激しかったですが、この巻は少し持ち直した感じです。
ルシフェル教団に捕らわれた深雪を救うために、大鳳はアジトに潜入しました。

深雪の無事は確認できましたが、途中で菊地と出会ってしまいました。久々にこの2人の対決かと思いきや、今回の大鳳はあくまでも偵察が目的だったので、あっさりと逃げてしまったのが残念でした。

その代わりに、龍王院弘と宿敵フリードリッヒ・ボックの対決は読み応えがありました。いろいろと伏線を回収しないといけないのでしょうが、その後のツォギェルの話よりも、この2人の対決をもっと読みたかったなあ。(^^;
アリ・スミスさんの「両方になる」を読み終えました。

この本は、かなり実験的な作品でした。物語は2つのパートになっていて、1つはルネサンス時代のイタリア人画家の、もう1つは現代のイギリスに住む女の子の物語です。いっけん何の関係もなさそうな2つが、複雑に入り組んだ形で物語が展開するのが面白かったです。

作中にはいろいろな仕掛けがあって、それも楽しかったです。ネタバレすると、これから読む方の楽しみを奪いますので、詳しく感想を書けないのが残念です。(^^;

作品全体の内容は軽くないと思いますが、語り口が軽くて言葉遊びもあって、そういった部分も楽しくさらりと読めました。しかし翻訳の限界もあるようなので、できれば原書で読んで楽しめるのが一番いいのかもしれません。

私自身は、この作品をとても気に入りました。しかし、この作品は好き嫌いがはっきりと分かれる作品だと思います。
最初に題名の「両方になる」を見た時、不思議なタイトルの本だなあと思いましたが、読者の好みが極端に分かれるという意味でも"両方になる"本だと思いました。
垣根涼介さんの「ゆりかごで眠れ」を読み終えました。

物語の主人公は、コロンビアに移民した日系人のリキです。彼はコロンビアの有力な麻薬密輸組織のボスでした。そんな彼が、日本にやって来ました。その目的は、仲間の殺し屋が警察に拘留されたのを救い出すためでした。

なぜ日本人のリキが、コロンビア・マフィアのボスになったのか。物語は彼の過去と現在を交互に描いていきます。それと並行して語られるのが、日本警察の組織犯罪対策課の刑事・武田とその元恋人の若槻妙子の物語です。2人の関係はすでに終わっていて、妙子は警察を退職することになっています。

仲間の救出という荒事に、なぜかリキは幼い女の子を連れてきていました。カーサと呼ばれるその子は、リキの娘ではありません。浮浪児だった彼女を、リキが拾って保護したのです。リキが今回カーサを連れてきたのは、彼女の将来をコロンビアで知り合った日本人・北崎という男に託すためでした。

こういった人物配置の中、物語は動いていきます。マフィア同士の激しい対立と報復、その中にあって決して仲間を見捨てないことで一目置かれているリキの存在。それが面白くて、あっという間に読み終えました。

物語は3部構成ですが、第1部が一番面白かったです。惜しいのは、コカイン中毒の悪徳刑事・武田の存在が、リキに対抗する存在として弱すぎたことです。とはいえ、それを差し引いても全体としては読み応えのある作品でした。
チャールズ・ブコウスキーさんの「勝手に生きろ!」を読み終えました。著者の本は、5年ほど前に読んだ「死をポケットに入れて」に続いて2冊目になります。

この作品は、若き日のブコウスキー自身をモデルにしています。各地を転々としながら、アメリカ国内を放浪するように生活しているチナスキーという男が主人公です。

チナスキーはお酒とタバコ、女性関係にまみれた生活を送っています。中退ながら大学でジャーナリズムを学んだチナスキーは、小説を書いては出版社に送りますが、なかなか彼の作品は認められません。物書きとして生活できない彼は、不本意な仕事をして生活しています。

しかし、どの仕事も長続きせず、職場で問題を起こしては仕事を転々としていきます。物語は基本的に、この繰り返しです。

チナスキーはある意味どうしようもない人なのですが、どこか憎めないところがあります。同じような境遇の者たち、そしてさまざまな女とのやり取り。そんな中で、全てを諦めきったかのようなチナスキーの言葉が、不思議と心に残ります。

この本を読んでいて思ったのは、どん底状態でも意外と仕事はみつかるものなんだなということ。そして、いい加減に仕事をしていても、意外となんとかなるものなんだなということです。(^^;
人生意外となんとかなるもんだ。それが、この本から得た一番大きなことかもしれません。
藤井太洋さんの「ハロー・ワールド」を読み終えました。

なんでも屋エンジニアの文椎が主人公の、連作短編集でした。物語の舞台が数年先の未来ということもあり、現在ある技術が、そこでどんな形でさらに発展しているかが興味深かったです。

ドローンに、mastdon、bitcoinといった技術が、少し先の未来ではこんな風に使われているんだろうなあという説得力がありました。

ただ近未来予測小説としてはとても面白いのですが、登場人物が全体的に少し機械的な気がしました。そのせいか、読み終えた後にアイディアの面白さは心に残りましたが、心に残る登場人物は思い浮かびませんでした。
谷甲州さんの「航空宇宙軍史・完全版(2) 火星鉄道十九/巡洋艦サラマンダー」を読み終えました。

1巻では外惑星同盟の視点から物語が描かれましたが、この巻では航空宇宙軍視点の作品が大きな割合を占めています。

「火星鉄道一九」は、複数の場所を舞台にした短編集です。派手な戦闘があるわけではなく、一見地味なテーマが取り上げられているのですが、どの作品にも引き込まれました。

表題作の「火星鉄道十九」から始まり、「ドン亀野郎ども」「水星遊撃隊」「小惑星急行」「タイタン航空隊」「土砂降り戦隊」「ソクラテスの孤独」の7作、それぞれに場所も登場人物も変えて物語が語られます。それらを読み進めるうちに、航空宇宙軍と外惑星同盟との戦いのバックグラウンドやテクノロジーが垣間見えてきます。

「巡洋艦サラマンダー」では、外惑星同盟が戦争前に完成させた唯一の巡洋艦サラマンダーの物語と、外惑星同盟の敗北による戦いの終わりが連作短編のように語られます。しかし、華々しい戦闘が描かれるのではなく、外惑星同盟の唯一の巡洋艦という立場、そしてその追走劇が物語のメインとなっているのは、著者らしいと思いました。

この2巻で航空宇宙軍と外惑星同盟の戦いは決着しますが、その伏線として第1巻で描かれたカリストの政治状況が関わってくる流れが、パズルのピースが次々うまってゆく感じで痛快でした。
エマヌエル・ベルクマンさんの「トリック」を読み終わりました。

物語は2つの視点から語られます。1つはプラハに暮らす、貧しいユダヤ人の少年モシェ。もう1つは現代のロサンゼルスに暮らす、両親が離婚することになったマックスという少年。

はじめ2つの物語は関連がなさそうに見えますが、途中からそれが1つの物語として重なり始めます。

やがて物語は、一方の展開がもう一方の疑問の答えとなる形になっていきます。その時には。もう完全に物語の虜になっていて目が離せなくなり、最後まで一気に読み終えました。

詳しく内容を紹介すると、これから読む方の楽しみを奪ってしまいそうで書けませんが、メルヘンのような雰囲気もありながら、その中には重い歴史もあったり、人生の辛さもあったりしますが、最後まで読み終えた時の感動が素晴らしい作品でした。

ちょうど長い連休に入りましたし、何かいい本ないかなと思っている方がいたら、ぜひお勧めしたい1冊です!(^^)
勝間和代さんの本は、これまであまり好みではありませんでした。でも最近、勝間さんのブログを読んだら、さまざまなデバイスを駆使して仕事をされていることに驚きました。その流れで、Kindle本として出ていたこの本を読みました。

自分をコントロールするためのコントロール思考の大切さから始まり、仕事・お金・健康・人間関係・家事・娯楽で著者がそれをどう実践しているかが紹介されています。その全てを真似できるわけではありませんし、真似する必要もないと思いますが、そのいくつかは自分も実践してみたいと思いました。

この本を読んでいて印象的だったのは、著者が生活の中に積極的に便利な製品を取り入れていることでした。
仕事で原稿を執筆する時には、複数の端末を利用してキーボードから入力するだけでなく、音声入力も活用していること。
家事ではホットクックを使って、材料を切って入れておくだけで料理が出来上がる仕組み作り。掃除もルンバを使って、機械に出来ることは機械にやらせてしまう。

そうして生活の中に余裕を作り出しているのが、いいなあと思いました。世の中全体が、なんとなく効率を追い求めて余裕がなくなっているように思えますので、こうして積極的に余裕を作り出すことが必要だと感じました。
ディーノ・ブッツァーティさんの「タタール人の砂漠」を読み終えました。

新任将校のジョバンニ・ドローゴは、最初の任地として命じられたバスティアーニ砦に赴きます。そこは国の北方にある、辺境の地でした。最初はすぐにも、そこから転任したいと考えたドローゴでしたが、やがて自分の意思で砦にとどまり、北から現れるはずの、タタール人の襲撃を待ち続けます。

基本的な物語はそれだけで、砦の生活には事件らしい事件も起きません。ようやく敵が来たかと思えば、それは新たな国境を策定するための部隊だったりと、戦闘は起きないままお話は進みます。そして若かったドローゴも、いつしか年を重ねて引退の時が迫ります。

そして、やっと敵が現れます。しかし、その時には年老いたドローゴは病に冒されていて戦いに加わることができません。彼は悔しい思いを抱えたまま、砦から離れることを余儀なくされます。

ほぼ何も起きない作品なのに、静かな緊張感が持続していて読み続けさせられました。
来るあてのない敵を待ちながら、単調な勤務を続けるドローゴの人生は、自分の人生と重なるように思えました。多くの人の人生には、華々しい出来事があることもなく、単調な毎日を積み重ねて、やがて終わりを迎えます。

もう1つはっとさせられたのは、年を重ねて昇進したドローゴが、休暇を終えて砦に帰ろうとした時、かっての自分と同じように彼に声をかける新任将校が現れたことです。歴史は繰り返されて、同じように循環する。それを見せつけられたような気がしました。

物語が突きつける、残酷な人生の真実。それはとても切ないですが、最期にドローゴがそれを受け入れたかのように、自分はそれとどう向き合うのか、読み終えた後も考えさせられました。
結城浩さんの「数学ガールの秘密ノート 式とグラフ」を再読しました。

このところ忙しさを理由に、本を読んだり数学の勉強をできてないなあと思ったので、久々に結城浩さんの数学ガール・シリーズを読むことにしました。本編の方は少し難易度が高いので、とりあえずお手軽な秘密ノート・シリーズを読み返すことにしました。(^^;

式とグラフの関係について、とてもわかりやすくまとめられていて読みやすかったです。でも恒等式とか、和と差の積は2乗の差とか、基本的なことも忘れていて焦りました。(^^; 勉強は毎日の積み重ねが大事だと、あらためて思いました。

シリーズの中でも薄い本でしたので、練習問題をこなしつつも、手待ち時間などにちょこちょこ読んでいましたが、1週間くらいで読み終えました。やはり結城先生の説明は、ていねいでとてもわかりやすいですね。(^^)
久々にCでプログラミングしようと思ったら、ポインタまわりの理解が怪しくなっていたので、この本を読みました。(^^;

同じ著者の旧版も持っていますが、改訂版ではC99やC11についても触れられているので、どうせならと新しいものを読みました。第1章〜第3章でポインタについて基本的なところから解説して、第4章と第5章ではそれを踏まえた実践編、第6章は本編で書ききれなかった細かな部分について触れています。

第4章以降はマニアックな感じなので^^;、普通にプログラムを書くなら第3章まで読んでおけば何とかなりそうですね。
一番気になっていたC99やC11での変更は参考になりましたが、根本的にCの文法が変態的なのは変わらないので、やむを得ずCを使わなければならない場面以外では、他の言語を使った方が幸せになれそうな気がしました。(^^;