日々の記録

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ヘルマン・ヘッセ全集 (13) 荒野の狼・東方への旅ヘッセの「荒野の狼」を読み終えました。

この作品は、学生時代に読んで衝撃を受けました。その時は新潮文庫の高橋健二さんの翻訳を読みましたが、今回は臨川書店のヘルマン・ヘッセ全集13巻に収録されている里村和秋さんの翻訳されたものを読みました。

臨川書店のヘッセ全集は、複数の翻訳者が担当しているため、巻によって当たり外れが大きい印象がありますが、里村さんの翻訳は現代的で読みやすかったです。

主人公のハリーは、高い教養を持ちながら、市民生活との折り合いが悪く、孤独な生き方をしている男です。
物語は、ハリーと多少親しくした男性=編集人による、ハリーという人物の観察。ハリーの書いた、「荒野の狼」についての論文。そしてメインとなる、ハリーが残した手記から構成されています。

編集人によるハリーの描写は、第三者の視点からハリーが描かれます。ハリーの論文ではハリー自身により、自己分析が行われます。最後の手記が一番長いのですが、最初はハリーの日常が描かれていますが、ヘルミーネという女性と出会ってからは、日常と幻想が交錯したような不思議な雰囲気が漂い始めます。終盤の仮面舞踏会と魔法劇場の描写は、サイケデリックの先駆けのような気がしました。

昔読んだ時、この作品の何に惹かれたのか考えてみると、「死に憧れながらも、自殺する勇気はない」ハリーに共感していたんだと思います。世間と上手く折り合おうと思いながらも、世間の軽薄さは嫌悪せずにはいられない。そんなハリーの心情は、この本を読んだ時の自分自身の心情と重なるものがありました。

今回もハリーに共感しつつ読み進みましたが、以前よりはもう少し客観的に物語を見ることができたように思います。
主人公のハリーは、著者であるヘッセの分身ともいえる存在ですが、彼を変えようとするヘルミーネという存在も、ヘッセ自身の別の一面だと思いました。

作中のハリーの手記にもありますが、人間は確固とした揺るがない存在ではなく、様々な面の重なり合いで常に揺らいでいます。ある状況である一面が強調されることはあっても、それがその人の本質というわけではなく、その時に強調された一面でしかない。

この作品は、そんなヘッセの様々な部分の集合体(でも、全てではない)なんだなあと思いました。

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